豊かさの裏側に潜む「冷たい正体」
朝、目が覚めてスマートフォンのニュースを眺める。そこには、過去最大規模の予算編成、新たな子育て支援、あるいは防衛費の増額といった景気の良い言葉が並んでいる。しかし、それを見つめる私たちの胸の奥には、得体の知れない「重苦しさ」が沈澱していないだろうか。
どれだけ給料が上がろうとも、どれだけインフラが整おうとも、この国を覆う閉塞感は晴れない。それもそのはずだ。私たちは、自分たちが立っている地面がすでに崩落し始めていることを、本能的に察知しているからだ。私たちは今、かつてないほどの「豊かさ」を享受しているように見える。だが、その原資はどこから来ているのか。なぜ、私たちはこれほどまでに働いても、明日への確信を持てないのか。
その答えは単純であり、かつ残酷だ。私たちは、とうの昔に「破たん」の宣告を受けたにもかかわらず、その刑の執行を先延ばしにしているだけの、死刑囚にすぎないからである。
鉄格子の中で味わう、最高級のフルコース
想像してみてほしい。あなたは今、清潔で豪華なホテルのような一室に閉じ込められている。ふかふかのベッドがあり、最新の娯楽設備が整い、窓の外には美しい庭園が見える。そして毎日、銀のトレイに乗せられた最高級の食事が運ばれてくる。フォアグラ、トリュフ、ヴィンテージのワイン。あなたはそれを「なんて幸せなんだ」と口に運ぶ。
しかし、その部屋の重厚な扉には、鍵がかかっている。そして壁には一枚の紙が貼られている。そこには「死刑判決」と、あなたの名前が記されているのだ。
あなたは知っている。この豪華な食事の代金は、将来、この部屋に新しく入ってくるであろう「あなたの子供」の命で支払われることになっていることを。看守たちは微笑みながら言う。「今は何も心配しなくていい。この贅沢を存分に楽しみなさい。執行の日付は、私たちがうまく調整して先延ばしにしておいたから」と。
あなたは震える手でフォークを握る。一口食べるごとに、まだ見ぬ我が子の首を絞めているような感覚に襲われる。だが、食事をやめることはできない。一度覚えた美食の味を忘れることはできず、何より、この食事を拒絶すれば、今すぐこの偽りの平穏が壊れてしまうことを恐れているからだ。これが、「執行猶予付きの死刑囚」たちが演じている、あまりにも滑稽で悲劇的な日常の光景である。
「国債」という名の法外な延命措置
この吐き気のするような比喩は、決して誇張ではない。現代日本が抱える「国債」という名の借金構造そのものである。
累積する借金と「先送りの力学」
政府が発表する予算案が過去最大を更新し続けるたび、市場には膨大な資金が供給される。しかし、その実態は「未来からの略奪」に他ならない。国債発行とは、現代の痛みを未来へ転嫁する魔法の杖だ。政治家は有権者の機嫌を損ねないよう、増税や痛みを伴う改革を避け、ただひたすらに借金を積み重ねる。これが比喩における「豪華な最後の晩餐」の正体である。
誰がこの構造を支えているのか
なぜ、この明らかな異常事態が是正されないのか。それは、このシステムを維持することで利益を得る層が、今の日本を支配しているからだ。引退を間近に控えた高齢者層や、政府からの補助金で延命する既得権益団体にとって、「自分の代さえ持てばいい」という論理は極めて合理的である。彼らにとっての「執行猶予」は、自分たちが逃げ切るまでの時間稼ぎに他ならないのである。
「精算」という名の執行日
判決はすでに出ているのだ。人口動態のピラミッドは崩れ、経済成長は止まり、借金だけが雪だるま式に増えていく。この数学的な絶望を前にしてなお、「まだ大丈夫だ」「日本には資産がある」と嘯くのは、処刑台への階段を上りながら「景色が綺麗だ」と言っているのと同じである。いつか必ず、執行の日は来る。その時、この「晩餐」の代金を支払わされるのは、今この食卓を囲んでいる我々ではなく、拒否権すら持たない次世代である。
核心:呪縛を解くための「絶望」という名の処方箋
私たちは直視しなければならない。私たちが今、享受している利便性や社会保障の多くは、本来払うべきコストを払わずに、未来から勝手に引き出した「不当利得」であることを。
「ツケを払うのは、まだ生まれていない子供たちである」
この言葉を、単なる道徳的なお説教として聞き流してはならない。これは、この国が構造的に抱える「世代間奴隷制」の告発である。私たちは、自分たちの生活を維持するために、未来の若者たちの可能性を担保に入れ、彼らの自由をあらかじめ収奪している。この非人道的なサイクルを止める方法は、ただ一つ。自分たちが「死刑囚」であることを認め、その豪華な晩餐を今すぐゴミ箱に投げ捨てることだ。
自らの代で痛みを引き受けること。不都合な真実を直視し、偽りの豊かさを拒絶すること。それは、極めて苦痛に満ちた選択だろう。しかし、その苦痛こそが、私たちが人間としての尊厳を取り戻し、子供たちに「負の遺産」ではない未来を贈るための唯一の道である。
延命措置を断ち切り、現実という大地に足をつける。その覚悟がない限り、私たちはいつまでも、冷え切った処刑室で、豪華な食事を喉に詰まらせながら怯え続けることになるだろう。
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