満たされない喉の渇きと、終わりのない労働の正体
毎朝、満員電車に揺られながら、私たちは車窓から見えるあの巨大な「柱」を見上げる。空を突き刺すようにそびえ立つタワーマンション。その窓の一つひとつには、選ばれた者たちの輝かしい生活があるのだと、私たちは無意識に刷り込まれてきた。しかし、その輝きを支えるために、私たちの生活はどれほど削り取られてきただろうか。
給与明細を眺めれば、額面は横ばいか微増だというのに、手取りは減り、スーパーに並ぶ商品の値段は音もなく上がっていく。一方で、都市部の地価やマンション価格だけは、もはや一般市民の生涯年収では手が届かない成層圏へと突き抜けてしまった。私たちは、かつての高度経済成長期のような「明日は今日より良くなる」という希望ではなく、「今日を維持するために昨日より多くを差し出す」という徒労感の中に生きている。
なぜ、これほどまでに懸命に働いているのに、私たちは豊かさを実感できないのか。なぜ、住居という「生存の基盤」が、投機という名のギャンブルの駒に成り下がってしまったのか。その答えは、私たちが立っている地面の「脆さ」にある。
想像してみてほしい。底なし沼に建つ豪華な城を。
霧深い湿地帯を想像してほしい。そこはもともと、人の重みすら支えられないほど地盤が緩く、ぬかるんだ場所だ。しかし、ある日突然、派手な服を着た建築家たちがやってきて、そこに巨大な杭を一本地も打ち込まずに、豪華な高層マンションを建て始めた。
「この建物は天国に近い」「ここに住めば成功者の仲間入りだ」
彼らは甘い言葉をささやき、人々を呼び寄せる。不思議なことに、建物が一段積み上がるたびに、その階層の価値は跳ね上がっていく。住民たちは、自分たちが泥の上に浮いていることなど忘れ、階上へ、さらなる高みへと競って登っていく。一階に住む人々は、上層階の重みに押しつぶされそうになりながらも、「いつかは自分も上へ」と必死に耐えている。
だが、見てほしい。建物の自重で、一階の床はすでに泥の中に沈み始めている。壁には蜘蛛の巣のような亀裂が走り、地下からは不気味な水音が聞こえる。それなのに、最上階の住人たちはシャンパングラスを傾け、窓の外に広がる「絶景」に酔いしれている。彼らは、自分たちが足元から崩れ去る運命にあることに気づいていない。あるいは、気づかないふりをしている。
最上階の華やかさは、すべて一階が泥に沈み込むことで得られた「高さ」に過ぎないのだ。
現実社会への翻訳:実体なき数字が踊る狂乱の舞台
この比喩が示すのは、現在の日本の不動産市場、そして歪んだ経済構造そのものである。
「実需」を置き去りにしたマネーゲームの末路
いま起きているのは、そこに住みたいという切実な「実需」に基づく価格上昇ではない。低金利という名の劇薬を注入され、行き場を失った投機マネーが、不動産という安全神話の象徴に群がっているだけだ。海外の富裕層や機関投資家にとって、日本のタワーマンションはもはや住居ではなく、単なる「数字を増やすための口座」に過ぎない。
かつて、家を持つことは人生のゴールであり、家族の絆を育む聖域だった。しかし今、それは誰かが転売して利益を得るための「商品」に成り果て、その価格を吊り上げるために一般市民の「居住の権利」が犠牲にされている。これが、私たちが直面している「地価高騰」という名の暴挙だ。
構造的な病巣:誰がこの泥舟を操っているのか
なぜ、この異常な状況が是正されないのか。それは、この構造が崩れることで困る人間たちが、ルールを決める側(上層階)にいるからだ。金融機関は貸付残高を維持するために価格の高止まりを望み、行政は固定資産税の増収を歓迎し、デベロッパーはブランド力を守るために供給を絞り込む。
彼らは知っている。地盤(実体経済)がどれほどスカスカであろうと、この「砂上のマンション」が建ち続けている限り、自分たちの利益は保証されることを。そして、その重みを支えているのは、安価な労働力として買い叩かれ、高額な家賃やローンという足かせをはめられた一階の住人——すなわち、私たち一般市民であることを。
実需を無視した脆い繁栄と、私たちが選ぶべき道
結論を言おう。私たちが今、目の当たりにしているのは「繁栄」ではない。「搾取の垂直統合」である。
実体経済という地盤を置き去りにし、資産価格という建物だけを高く積み上げる行為は、物理法則だけでなく経済学の歴史からも逸脱している。一階が潰れれば、当然、最上階も無事では済まない。土台が泥に飲まれれば、どんなに豪華なシャンデリアも奈落へと落ちる。
私たちは、いつまでも「いつかは上層階へ」という幻想を抱かされていてはいけない。その階層自体が、砂の上に立てられた虚飾であることを直視すべきだ。投資対象としての住居、投機マネーによる地価の吊り上げ、それは社会の持続可能性を根底から破壊している。
今、必要なのは「高く建てる技術」ではない。「地面を固める勇気」だ。実需を無視した投機マネーによる脆い繁栄に、これ以上の加担はやめよう。私たちが本当に求めるべきは、空を突くような高層の虚栄ではなく、地に足がついた、誰もが安心して眠れる「確かな大地」なのだから。
このマンションが崩壊する前に、私たちは自らの足で、その不条理な建物から外へ出る準備を始めなければならない。
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