「検討」という免罪符が奪い去る、私たちの現在地
朝、目が覚めた瞬間に感じる重苦しい空気。満員電車に揺られ、すり減る神経。どれほど真面目に働き、どれほど誠実に税を納めても、私たちの生活が劇的に好転する気配はない。むしろ、物価は高騰し、社会保障の不安は増し、未来という言葉は輝きを失う一方だ。
このような閉塞感の中で、私たちは常に「変化」を求めている。より良い教育、納得感のある対価、安心できる老後。しかし、悲鳴に近い声を上げる国民に対し、この国のリーダーたちが返す言葉は、判で押したようにいつも同じだ。
「真摯に受け止め、前向きに検討させていただきます」
私たちはこの言葉を何度耳にしてきただろうか。この「検討」という言葉は、本来、実行に向けたプロセスの一部であるはずだ。しかし、現代日本において、それはもはや何もしないことへの言い訳、あるいは「何もしないこと」を決定したという宣言に他ならない。なぜ、私たちの社会は、切実な問題に直面しながらも、最初の一歩を踏み出すことすらできないのか。
画面の向こう側で、カーソルだけが虚しく回り続ける「処理中」の悪夢
想像してみてほしい。あなたは今、一刻を争う重要なプロジェクトの資料を作成している。締め切りは刻一刻と迫り、クライアントからの催促の電話が鳴り響いている。あなたは震える指でマウスを握り、保存ボタン、あるいは送信ボタンをクリックする。
しかし、画面にはあのおぞましい「回転する円形のアイコン」が表示される。
ロード中。処理中。OSは死んではいない。マウスカーソルも動く。画面上のボタンも、押せば一瞬だけ色が変わる。しかし、肝心のデータは1キロバイトも進まない。あなたはキーボードを叩き、画面を睨みつけ、祈るような気持ちで待つ。一分が過ぎ、十分が過ぎ、一時間が過ぎる。
その間、PCのファンは轟音を上げ、恐ろしいほどの熱を放っている。CPUはフル稼働し、メモリはパンパンに膨れ上がり、電力は容赦なく消費され続けている。一見、PCは猛烈に「仕事をしている」ように見えるだろう。しかし、画面は一歩も動かない。
「今、一生懸命計算していますから。もう少し待ってください」PCが喋れるのなら、そう答えるだろう。だが、実際には内部で無限ループに陥っているだけだ。処理を終えるつもりなどない。ただ、動いているふりをして電力を食いつぶし、あなたが諦めて席を立つのを待っているのだ。あなたの貴重な時間、あなたの情熱、あなたの納期という名の「未来」。それらすべてが、回転するアイコンの渦の中に吸い込まれ、消えていく。
「検討」に費やされる膨大なメモリと、枯渇する国力
この「永遠にロード中の画面」こそが、今の日本政治のメタファーである。
やったふりという名の「リソース消費」
私たちの国では、問題が発生するたびに「有識者会議」が設置され、「ワーキンググループ」が組まれ、膨大な資料が作成される。これらはPCでいえば、バックグラウンドで走り続ける無駄なプロセスだ。
問題は、これらの「検討」というプロセス自体が、莫大なコストを消費している点にある。税金という名のメモリ、そして官僚たちの労働力という名のCPUパワー。それらは「解決」のために使われるのではなく、「検討しているというアリバイ作り」のために費やされる。国民が「なぜ進まないのか」と問い詰めれば、「検討には時間がかかる」「慎重な議論が必要だ」というエラーメッセージを返す。しかし、その背後で解決のコードが書き換わることは決してない。
構造的な停滞――誰が「動かないこと」を望んでいるのか
なぜ、OSを再起動したり、プログラムを刷新したりしないのか。それは、この「処理中」の状態を維持すること自体が、一部の特権層にとって最も利益が大きいからだ。
抜本的な改革を進めれば、既得権益という名の古いプラグインは動作しなくなる。自分たちの地位を脅かすバグを取り除きたくない者たちにとって、システムが「動いているふり」をして停止している現状は、この上なく都合が良い。新しいプログラム(政策)を導入してバグが出る(批判を受ける)リスクを冒すより、ロード中という言い訳で時間を稼ぎ、自分たちの任期という「セッション」を無事に終了させること。それが彼らの隠された最適解なのだ。
この構造的な病巣は、もはや一つの政党や政治家の資質の問題ではない。日本というシステム全体が、「決断=リスク」と見なし、「先送り=安全策」と見なす、バグだらけのレガシーコードに侵されている。
決断しないこと自体が、現状維持という「最悪の決断」である
「検討します」という言葉を、私たちは「善処してくれる」という期待を持って受け取ってはいけない。それは、「あなたの要望を、ゴミ箱に捨てるまでの猶予期間をください」という宣告に近い。
私たちが理解すべき冷酷な事実は、決断を下さないことは、決して「現状を保つこと」ではないということだ。PCが熱暴走し、いつか物理的に壊れるように、社会もまた、決断を先送りすればするほど、回復不能なダメージを負い続ける。
少子高齢化、経済の低迷、格差の拡大。これらは昨日今日始まった問題ではない。過去数十年にわたり、常に「検討」の議題に乗りながら、解決のボタンがクリックされなかった結果である。現状維持という名の決断は、緩やかな自殺と同義だ。
私たちは、画面の前でじっと待つ観客であってはならない。「まだロード中ですか?」と問いかけるのはもうやめよう。システムがフリーズしているのなら、強制終了が必要だ。何もしないことが最大の罪であり、決断を先送りにする指導者は、結果として「最悪の決断」を下し続けている。
回転するアイコンの呪縛を解くために。私たちは、この不条理な「検討のループ」を拒絶し、自らの手でリセットボタンを押す覚悟を持たなければならない。未来は「検討」の先にあるのではなく、今、この瞬間を下す「決断」の連続の先にしか存在しないのだから。
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