乾き切った喉と、空になった釣り銭口
毎日、私たちは懸命に働いている。満員電車に揺られ、理不尽な上司の小言をやり過ごし、神経をすり減らして「価値」を創造しているはずだ。しかし、一日の終わりに手元に残るものは何か。通帳に刻まれた数字は、電気代や食費、そして重くのしかかる税金という名の「集金装置」によって、瞬く間に吸い取られていく。
「景気は回復基調にある」「株価は史上最高値を更新した」というニュースが画面を流れるたび、私たちは言いようのない疎外感を覚える。なぜ、豊かなはずの国の数字が踊れば踊るほど、私たちの胃のあたりには鈍い痛みが走るのか。なぜ、私たちは常に「何かが足りない」という乾きを抱えたまま、明日という名のルーチンを繰り返さなければならないのか。
その答えは、私たちが信じさせられてきた「富の循環」という物語の嘘にある。
鋼鉄の自販機と、零れ落ちぬ滴りを待つ人々
想像してみてほしい。あなたは、照りつける太陽の下、喉を枯らして荒野に立ち尽くしている。目の前には、巨大で豪華な自動販売機が一つだけ鎮座している。その自販機のボタンを押せるのは、潤沢な資金を持つ「選ばれた者たち」だけだ。
あなたは自販機の影にうずくまり、ただ一点を見つめている。それは、自販機の右下にある、薄暗い「釣り銭口」だ。
自販機の中には、冷たくて甘いジュースがたっぷりと詰まっている。上層の人々がそのボタンを押し、贅沢に喉を潤すたびに、余った小銭がチャリンと音を立てて釣り銭口に落ちてくるはずだ――。それが、この場所で共有されている唯一のルールであり、希望だった。
あなたは、隣に座る老人から聞かされている。「上の連中が贅沢をすればするほど、俺たちの釣り銭口にはおこぼれが回ってくる。それがこの世界の美徳だ」と。だからこそ、人々は自販機の最上段に並ぶ高価なシャンパンを誰かが買うことを、切に願っている。その「滴り(トリクルダウン)」こそが、自分たちの命を繋ぐ唯一の糧だと信じ、ひたすら釣り銭口に指を這わせる。
しかし、現実はどうだろうか。どれだけ時間が経っても、硬貨の触れる冷ややかな感触はやってこない。聞こえてくるのは、自販機の内部で激しく稼働する冷却ファンの唸り声と、上層で祝杯を挙げる者たちの高笑いだけだ。釣り銭口には、埃が溜まっている。指を奥まで突っ込んでも、指先に触れるのは乾いた錆の感触だけだ。
アップデートという名の収奪:電子マネーと隠されたバイパス
この不条理な光景こそが、現代日本を、そしてこのグローバル経済を覆う「トリクルダウン理論」の正体である。
「お釣り」を消し去ったシステムの高度化
かつての資本主義には、まだしも「釣り銭」が出る隙があった。しかし、現代の自販機はあまりにもスマートで冷徹だ。グローバル企業という名の巨大な自販機は、いまや「電子マネー」や「完全キャッシュレス」を導入している。
富裕層がどれだけ喉を潤そうとも、決済はクラウド上の複雑なプログラムによって完結する。そこには「端数」が生じる余地さえない。生じた余剰利益は、地元の市場に落ちることなく、光の速さでタックスヘイブンや次なる投資へと「再投資」の名の下に転送される。釣り銭口を覗き込む私たちのもとに硬貨が落ちてこないのは、運が悪いからではない。システムそのものが「お釣りを出さない」ように設計変更されたからだ。
富を吸い上げる一方通行のパイプ
なぜこの構造は維持されるのか。それは、この自販機の所有者が「釣り銭が出ないこと」を最大の効率化だと定義しているからに他ならない。富は上から下へと流れるのではなく、毛細血管から心臓へ血液が戻るように、一方的に吸い上げられる。
低賃金労働という名の過酷な労働力が末端から提供され、その成果は「株主還元」や「内部留保」という名の防壁に守られ、上部へと蓄積される。政治は、この「釣り銭口を塞ぐ修理工」として機能している側面すらある。滴るはずの富を、制度という名の配管で組み替え、再び上へと戻すバイパスを作っているのだ。
結論:自販機を離れ、地を耕す勇気
私たちは認めなければならない。「いつかお釣りが落ちてくる」という期待そのものが、私たちをこの自販機のそばに繋ぎ止め、支配するためのツールであったことを。
富は、放っておけば自然に流れてくる雨水のようなものではない。それは、意図的に堰き止められ、特定の方向にしか流れないように制御された液体だ。富は上から下へは決して落ちてこない。重力に逆らう吸い上げのポンプだけが、今日も狂ったように作動している。
私たちが今、成すべきことは、空の釣り銭口に指を差し込み続けることではない。その自販機の影から立ち上がり、自分たちの手で井戸を掘ることだ。あるいは、釣り銭の出ない不完全な自販機の設計図を書き換えさせる、真の再分配のシステムを要求することだ。
「誰かの潤いが、いつか私を潤す」という呪縛から解き放たれたとき、初めて私たちは自らの足で、本当の豊かさを求めて歩き出すことができる。滴りを待つ人生は、もう終わりにしよう。お釣りが出ない自販機の前に、未来はないのだから。
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