私たちの背後に漂う、正体不明の焦燥感の正体
朝、満員電車に揺られながらふと思うことはないだろうか。この国は、一体どこへ向かっているのか。給与は上がらず、社会保険料は音もなく増え続け、手元に残るわずかな希望さえもがインフレの波にさらわれていく。私たちは、何か「重大なこと」から目を逸らしながら、今日という一日をやり過ごすことに必死だ。
「少子高齢化」という言葉は、もはや記号化され、耳にタコができるほど聞かされてきた。だが、その言葉が孕む真の恐怖を、私たちは本当に理解しているだろうか。それは、遠い未来の統計上の問題ではない。今、この瞬間も私たちの足元でカチカチと音を立てながら進んでいる、物理的な「爆発」へのカウントダウンである。
真に恐ろしいのは、私たちがその爆弾の存在を知りながら、それを解体しようとせず、ただ隣の誰かに、あるいは未来の誰かに「手渡す」ことだけに全神経を注いでいるという事実だ。なぜ、これほどまでに致命的な問題に対して、私たちは無力なまま立ち尽くしているのか。「時限爆弾のスイッチ」は、すでに私たちの掌の中にある。
密室のゲーム:誰もが「自分の代」で爆発させたくないだけ
想像してみてほしい。あなたは今、薄暗い密室に大勢の人々と共に閉じ込められている。そこにあるのは、鈍い光を放つ一つの巨大なスイッチだ。そのスイッチは「時限爆弾」と連動している。液晶画面には、赤く不気味な数字がゼロに向かって刻一刻と刻まれているのが見える。
室内には異様な空気が漂っている。誰もがそのスイッチの場所を知っている。それが、この部屋にいる全員の運命を左右する爆弾の起爆装置であることを理解している。だが、誰一人としてそのスイッチを「オフ」にするための複雑な解体作業に手をつけようとしない。なぜか。その作業には、今この瞬間の快適さを犠牲にするほどの苦痛と、失敗すれば即座に爆発を引き起こすかもしれないリスクが伴うからだ。
そこで室内で行われているのは、奇妙な「リレー」である。人々は、そのスイッチを丁寧に、かつ迅速に、次の担当者へと手渡していく。「私の代では爆発しませんように。次の誰かがなんとかしてくれますように」——。そう祈りながら、引きつった笑みを浮かべてバトンを繋ぐ。
カウントダウンの音は、次第に速く、激しくなっていく。かつては数十年という猶予があった数字は、いまや数年、数ヶ月の単位で迫っている。それでも、最後にスイッチを渡された者は、慌てて次の若者にそれを押し付け、自分は出口へと逃げ出そうとする。彼らの背後で、爆弾の温度は上がり、導線からは火花が散っている。しかし、誰もが「自分の番が終わるまで」は平和だと自分に言い聞かせているのだ。この部屋に、もう交代できる「次の誰か」がほとんど残っていないことにも気づかないふりをして。
現実という名の爆心地:団塊ジュニア高齢化の衝撃
この悪夢のような情景は、比喩ではない。今の、そしてこれからの日本社会そのものだ。
団塊ジュニアという巨大な塊が「支える側」から消える時
日本の人口ピラミッドにおいて、最大のボリュームゾーンである「団塊ジュニア世代」が2040年頃に65歳以上の高齢者の仲間入りを果たす。これこそが、時限爆弾が爆発する瞬間に他ならない。これまで「少子高齢化」と言われながらもなんとか維持できてきたのは、この巨大な人口層が、かろうじて「支える側(現役世代)」に踏みとどまっていたからだ。しかし、彼らが一斉に「支えられる側」へと回ったとき、この国の社会保障システムという細い糸は、物理的に断裂する。
構造的な病巣:利権と逃げ切りのエコシステム
なぜ、この破滅が予見されているにもかかわらず、抜本的な改革が行われないのか。それは、この国の政治・経済構造自体が「逃げ切り」を前提に設計されているからだ。政治家にとって、現役世代や若者向けの投資にリソースを割くよりも、今すぐ投票してくれる高齢層に配慮する方が合理的である。企業にとっても、30年後の市場を守るより、今四半期の利益と既存の既得権益を維持する方が生存戦略として正しい。誰もが「自分の任期、自分の現役期間さえ保てばいい」というインセンティブに従って行動した結果、国全体が死に向かうという、壮大な共同正犯の構図が出来上がっているのである。
結論:爆発までのカウントダウンを直視せよ
私たちは今、歴史の特異点に立っている。これまでの「先送り」という戦術が、もはや物理的な限界点に達したのだ。
「誰かがやってくれるだろう」という期待は、もはや成立しない。これからの数年で、私たちは「スイッチを回す」という虚しいリレーを強制的に終了させられる。団塊ジュニアの高齢化という津波は、制度の不備を、政治の無策を、そして私たちの無関心をも、等しく飲み込んでいくだろう。
私たちが突きつけられているのは、極めて冷酷な選択肢だ。このまま爆発に巻き込まれて沈むか、あるいは、今この瞬間に自分たちの特権や「かつての当たり前」を投げ打ってでも、爆弾の解体に挑むか。
核心を言おう。爆発までのカウントダウンは、もう止められないところまで来ている。
私たちがすべきは、もはや「爆発を止める方法」を探すことではない。爆ぜた後の焼け野原で、どうやって生き残るかの準備を始めることだ。幻想を捨て、不都合な真実を直視すること。それだけが、この閉じられた密室から抜け出す唯一の、そして最後の手段となる。
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