「ポケットの中の裏切り者」。あなたが寝ている間に、カメラもマイクも、LINEの履歴もすべて“あいつら”に筒抜けだとしたら?
ペガサス(Pegasus)スパイウェアの表向きの理由と、教科書が教えない違和感
想像してみてください。あなたは深夜、お気に入りの動画を見終わってスマホを充電器に差し、眠りにつきます。画面は真っ暗。通知も来ていない。でもその瞬間、あなたのスマホのカメラが「カチッ」と起動し、寝顔を撮影しているとしたら?
「いやいや、怪しいリンクは踏まないし、二段階認証もしてるから大丈夫。映画の見すぎでしょ(笑)」
…そう笑っていられるのは、今日までです。
2010年代、世界を震撼させた「ペガサス(Pegasus)」スパイウェア。この事件の表向きの理由は、非常に立派なものでした。
「テロリストや凶悪犯を追い詰めるため、警察や政府をサポートします。これは、世界を平和にするための『デジタルの盾』なのです。」
開発したイスラエルの企業「NSOグループ」は、そう爽やかに語りました。ニュースでも「最新技術が犯罪捜査を加速させる」と報じられ、私たちは「ネット犯罪が減るならいいことだ」とぼんやり考えていました。
しかし、現実はどうでしょう。バランスシート(帳簿)と被害者のリストを照らし合わせると、そこには「平和」とは程遠い、ドロドロとした権力の欲望が透けて見えたのです。
NSOグループ(イスラエル)はいかにしてペガサス事件で莫大な富を得たのか?
この事件の最大の受益者は、開発元のNSOグループと、それを利用した世界の独裁政権です。
彼らが何をしたのか? わかりやすく「学校の校内SNS」に例えてみましょう。
あなたの学校には、生徒しか見られない秘密の掲示板アプリがあるとします。 そこで「担任の先生、マジで授業つまんないよね」とか「学校の校則、変えようよ」という愚痴や相談がやり取りされています。
そこで、ある業者が先生にこう持ちかけます。 「生徒のスマホに『透明な覗き見アプリ』を隠して入れる技術、売りましょうか? ターゲットのスマホを見るだけで、パスワードも不要。LINEも、消した写真も、隠し撮りも自由自在ですよ。」
先生(独裁者)は狂喜乱舞して、税金をドバドバと業者(NSOグループ)に払い、反対勢力の生徒を次々と停学に追い込んでいく――。
これが、世界規模で起きたことの正体です。
悪役(受益者)の頭の中:
「テロ対策? そんなの建前だよ。一番怖いのはテロリストじゃなくて、俺たちの不正を暴こうとするジャーナリストなんだ。ペガサスを使えば、奴らがどこで誰と会い、次にどんな記事を書こうとしているか、寝室にボイスレコーダーを置くより簡単に把握できる。しかも、痕跡すら残さない。これは『金の卵を産むガチョウ』だ。」
NSOグループは、この「究極の覗き見セット」を、サウジアラビアやメキシコなど、民主主義が危うい国々の政府に高額で売り飛ばし、莫大な利益を上げました。
ペガサス事件によるシステム変更:【防御不能】から【監視の民主化】への激変
この事件は、人類の歴史における「監視のOS(基本ルール)」を根本から書き換えてしまいました。
何が一番ヤバいのか。それは、アップデート前(Before)と、ペガサス出現後(After)の違いにあります。
Before:監視は「国家の特権」だった
昔は、他人の通信を盗み見るには、電柱に登って線を繋ぐか、巨大なスパコンを持つ「超大国(アメリカやロシア)」である必要がありました。
After:監視が「商品」として購入可能になった
ペガサスの登場により、「金さえ払えば、小国の独裁者でも最強のサイバー兵器が持てる」という「監視の民主化」が起きてしまったのです。
さらに、技術的に絶望的なのが「ゼロクリック(Zero-click)」という仕組み。これまでの詐欺は、メールのURLをクリックさせたり、偽サイトに誘導したり、ユーザーの「ミス」を待つ必要がありました。
しかし、ペガサスは違います。あなたが何もしなくても、iMessageやWhatsAppの着信(鳴らなくてもOK)を受け取るだけで、iPhoneやAndroidのセキュリティを突き破り、中身をすべて吸い出します。
これはゲームで言えば、「ログインしていないのに、勝手に装備を全部盗まれて、ステータスを敵に全公開されている状態」です。チートどころの騒ぎではありません。
カショギ氏暗殺とペガサス:現在も続くプライバシー消滅の真実
この技術が招いた最悪の悲劇が、ジャマル・カショギ記者の暗殺事件です。
サウジアラビア政府に批判的だったカショギ氏は、トルコの領事館で殺害されました。のちの調査で、彼の親しい知人のスマホが「ペガサス」によって監視されていた可能性が極めて高いことが判明しました。
つまり、カショギ氏がどこにいて、何を計画しているか、犯行グループは「GPSアプリで友達の場所を確認する」のと同じ感覚で把握していたのです。
現在、この影響は私たち一般市民にも迫っています。「政治に興味ないから関係ない」?いいえ、そんなことはありません。
- スマホ代と税金の流出: あなたが納めた税金や、間接的に支払っている社会コストが、こうした「監視システムの購入費」に充てられている国もあります。
- 表現の自由の死: 誰かが監視されているとわかれば、誰もSNSで本当のことを言えなくなります。ネットが「宣伝と工作」だけの場所になってしまうのです。
- プライバシーの価値ゼロ: 一度流出した個人情報は二度と戻りません。「誰も見ていない場所」が地球上から消滅しつつあるのです。
ペガサス事件から学ぶ現代の教訓:最大の被害者にならないために
この事件における「最大の被害者」は、命を落とした記者や、不当に拘束された人権活動家たちです。しかし、長い目で見れば、「スマホを信頼して生きていくしかなくなった現代人全員」が被害者と言えるでしょう。
私たちはもう、ガラケーに戻ることはできません。キャッシュレス、SNS、地図アプリ……人生のすべてをスマホという「小さなブラックボックス」に預けています。
明日からのニュースを見る「眼鏡」を変えよう
このペガサス事件から私たちが学ぶべき教訓は、「便利さの裏側には、必ずそれを悪用して『支配のツール』に変えようとするビジネスが隠れている」ということです。
政府や企業が「あなたの安全のためです」「効率化のためです」と言い始めたら、心の中でこう問いかけてください。「その技術は、誰が誰を監視するために使われるのか?」
NSOグループは国際的な批判を浴び、制裁を受けましたが、彼らと同じような技術を持つ企業は、今も世界中に存在します。第二、第三の「ペガサス」は、今この瞬間もあなたのポケットの中で、目を覚ますタイミングを待っているかもしれません。
「知ること」だけが、唯一のアップデートです。この世界の裏側を知ったあなたは、昨日までのあなたより、少しだけ「騙しにくい人間」になったはずですよ。
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