なぜ部下は動かないのか?『リーダーは最後に食べる』が教える信頼の科学

「なぜ、うちのチームは指示を待つばかりで自発的に動かないのか?」「なぜ、小さなミスを隠そうとする空気が漂っているのだろう……」

マネージャーとして日々奮闘するあなたは、一度ならずそう感じたことがあるはずです。メンバーのやる気を引き出そうとインセンティブを提示し、厳格なKPIを設定しても、組織の温度は一向に上がらない。それどころか、どこか冷ややかな疑心暗鬼が蔓延している。

結論から言いましょう。その原因は、メンバーたちが「内なる敵」に怯えているからです。

サイモン・シネックの名著『リーダーは最後に食べる(Leaders Eat Last)』は、組織における信頼を、精神論ではなく「生物学」の視点から解き明かしました。人間が本能的に求めているのは、高い給与でも名声でもなく「命を預けられるほどの安全」です。

この記事では、現代のリーダーが陥りやすい罠と、バラバラになった組織を最強の結束力を持つチームへと変貌させる「安全のサークル」の構築方法を詳しく解説します。この記事を読み終える頃、あなたは「人を動かす」のではなく、人が「動きたくてたまらなくなる」環境の作り方を手にしているはずです。

数字を救うために人を犠牲にするな。人を救うために数字を犠牲にせよ。 この言葉の意味を、今から一緒に紐解いていきましょう。


チームがバラバラになる真の原因は「恐怖」である

あなたのチームでは、ミスが発覚した際、まず何が起きますか?「どう改善するか」という議論の前に、「誰の責任か」という犯人探しが始まっていないでしょうか。

多くの組織が停滞する真の原因は、スキルの不足でもリソースの欠乏でもありません。メンバーの脳が「生存モード」に切り替わり、外部の競合と戦うためのエネルギーを、組織内の「自己防衛」に使い果たしていることにあります。

ドーパミン依存のマネジメントが組織を殺す

多くの企業が採用している「成果主義」や「短期的な数値目標の達成」は、生物学的に見ると強力な「ドーパミン」を分泌させます。ドーパミンは目標を達成したときや報酬を得たときに放出される「快楽のホルモン」であり、即効性がありますが、恐ろしい副作用を持っています。それは「依存性」と「利己主義」です。

ドーパミンばかりを追い求めるマネジメントは、個人の数字を最大化しますが、隣の同僚を「共に戦う仲間」ではなく「リソースを奪い合うライバル」に変えてしまいます。SNSでは「会議がマウントの取り合いになっている」「成果を横取りされないか不安だ」という声が少なくありません。

一文で言えば、ドーパミン型の組織は、獲物を奪い合う飢えた群れのようなもの。そこにあるのは一時の高揚感だけで、嵐が来たときに互いの背中を守り合う絆はありません。

生物学的本能:「安全のサークル」の欠如

人間には古来より、外部の脅威(猛獣や厳しい自然環境)から身を守るために、特定のグループ内で「安全のサークル」を作る本能が備わっています。サークルの内側が安全であれば、人々は安心して眠り、子供を育て、協力して狩りを行うことができます。

ところが現代の職場では、このサークルが崩壊しています。上司の顔色、リストラの不安、同僚からの陰口。これらは脳にとって、サバンナで背後に忍び寄るライオンと同じ「死の脅威」として認識されます。

「業界では心理的安全性を高めることが重要だと言われているが、具体的にどうすればいいのか分からない」というリーダーの声を聞くことがありますが、その答えはシンプルです。リーダーがサークルの境界線となり、外部の圧力を押し返し、メンバーを「内側」で保護すること。それができていない組織では、どんなに立派なビジョンを掲げても、メンバーは保身という名の窒息状態から抜け出せません。


サイモン・シネックが説く「Circle of Safety(安全のサークル)」とは

では、具体的にどうすれば「安全のサークル」を築けるのでしょうか。ここで重要になるのが、タイトルの由来でもある「リーダーは最後に食べる」という行動規範です。

米海兵隊には、士官(階級が高い者)が列の最後に並び、全ての兵士が食事を終えるまで待つという伝統があります。これは単なるマナーではありません。「リーダーとは、自らの便益よりもメンバーの生存を優先する存在である」という強烈なメッセージなのです。

外部の敵(競合・市場)ではなく、内部の敵と戦っていませんか?

本来、エネルギーは市場の競合や急変する顧客ニーズ、技術革新といった「外部の脅威」に向けられるべきです。しかし、リーダーが保身に走り、責任を部下に押し付ける組織では、エネルギーの100%が「社内の政治」に向けられます。

「うちの会社は、顧客を見る時間よりも上層部への説明資料を作る時間の方が長い」という皮肉は、どこの職場でも耳にします。これは、安全のサークルが機能していない明白な証拠です。

スパルタの戦士が古代最強だったのは、彼らの剣が鋭かったからではありません。隣の男の体を、自分の盾で全力を挙げて守りきったからです。一人一人が「自分の右側は隣の男が守ってくれる」と信じているからこそ、彼らは恐れを知らぬ軍団となれました。組織も同じです。リーダーがメンバーの盾とならない限り、メンバーは自分の盾で自分の身を守るしかなく、剣を振るう余裕を失ってしまうのです。

「最後に食べる」という自己犠牲が信頼を生む理由

リーダーが利益や特権を後回しにする姿を見たとき、メンバーの脳内には「オキシトシン」というホルモンが分泌されます。これは「抱擁ホルモン」や「信頼のホルモン」と呼ばれ、他者との絆を深める働きをします。

オキシトシンはドーパミンと違い、分泌されるまでに時間がかかりますが、その効果は長く持続し、チームに深い安らぎと誇りをもたらします。「リーダーが自分を守ってくれた」という体験は、部下に「この人のためなら、私も期待に応えたい」という恩返しの本能(返報性の原理)を抱かせます。

特権階級のリーダーが真っ先に豪華な食事を摂り、余り物を部下に回す組織。そんな国のために、自分の時間を捧げ、創造性を発揮しようとする人がいるでしょうか。それは栄養の切れた田んぼで耕作を続けるようなもの。どれだけ労働を強いても、実る稲穂は年々痩せ、土壌はやがて不毛の地と化してしまいます。


信頼関係を再構築するための具体的な3つのアクション

「自分にはそんなカリスマ性はない」「自己犠牲なんて言われても、具体的に何をすればいいのか」と不安になる必要はありません。リーダーシップは、日々の些細な「選択」の積み重ねだからです。

今日からできる、安全のサークルを広げるための3つのアクションを紹介します。

1. 失敗を責める前に、環境の不備を疑う

部下がミスを報告してきたとき、あなたの第一声は何でしょうか。「なぜそんなことをしたんだ?」と詰めてはいませんか。

今日からは、こう問いかけてみてください。「どうすれば次から、君がもっと安全に、スムーズに作業できるようになるだろうか?」

ミスを報告した部下を糾弾するのは、城壁を必死に守ろうとした兵士を、背後から切りつけるようなものです。一度でもそれをやれば、二度と真実は報告されなくなります。専門家の間では、「心理的安全性の高いチームほどミス報告が多い(=隠蔽が少ないため改善が早い)」というのが定説です。失敗を個人の資質に帰結させず、システムや環境の不備として捉える姿勢こそが、サークルを強固にします。

2. 数字ではなく「人」にフォーカスする仕組み作り

数字(ドーパミン)を追う仕組みは既に会社にあるでしょう。ならば、リーダーであるあなたは「信頼(オキシトシン・セロトニン)」の仕組みを作るべきです。

例えば、週に一度、成果そのものではなく「誰かの助けになった行動」を称賛する時間を設ける。あるいは、ランチタイムを共にし、仕事以外の話を聴く。「SNSでは『上司が自分のプライベートな苦労を気にかけてくれただけで、仕事への熱意が変わった』という体験談がよくバズる」ように、人は自分を一人の人間として尊重してくれる人のために動く生き物です。

これは決して「甘やかし」ではありません。挑戦するための「命綱」を渡しているのです。命綱がない状態でのバンジージャンプに、誰も自発的に加わろうとはしません。あなたが命綱をしっかりと握っていることを示すからこそ、メンバーは未知の領域へ飛び込む勇気を持てるのです。

3. リーダー自身の心を守る「サークルの拡大」

「リーダーが全てを背負って自己犠牲を払えば、自分が燃え尽きてしまう」という懸念を持つ人もいるでしょう。確かに、リーダー一人が全員の盾になろうとすれば、いつか限界が来ます。

そこで必要なのが、サークルを広げ、信頼を連鎖させることです。あなたがメンバーを守れば、メンバーもまたあなたを守り、互いを守り合うようになります。飛行機の酸素マスクと同じです。まずはリーダーであるあなたが正気を保ち、その上でサークル全体を包み込む。次第にサークルは自律的に機能し始め、あなたが不在の時でも、メンバー同士が助け合う文化へと昇華していきます。


リーダーシップは「役職」ではなく「選択」である

多くの人が勘違いしていますが、リーダーシップとは「役職(タイトル)」ではありません。社長であればリーダーなのではなく、マネージャーという肩書きがあればリーダーなのでもありません。

リーダーシップとは、他人の人生に対して責任を取るという「選択」です。

今日からできる、最後の一人として列に並ぶ勇気

あなたは今日、会議の後に最後に部屋を出る選択ができるかもしれません。部下の話を聞くために、自分の仕事を10分中断する選択ができるかもしれません。あるいは、手柄を部下に譲り、責任だけを自分が負うという、勇気ある決断ができるかもしれません。

これらの小さな「最後に食べる」行動の集積が、組織に漂う疑心暗鬼を霧散させます。「このチームにいていいんだ」という深い安らぎこそが、停滞を打破する最大のエネルギー源となります。

「専門家の間では、組織文化の変革には数年かかると言われている」ものの、信頼の種をまくのは今日から可能です。あなたがメンバーの背中を敵から守り始めたとき、チームの視線は初めて内側の保身から離れ、外の世界の大きな可能性へと向くようになります。


まとめ:最高のチームは「守られている」からこそ強い

この記事の内容をまとめます。

  1. 停滞の原因は「恐怖」: 内部に敵がいる状態では、人間は本能的に保身(ドーパミン・サバイバルモード)に走ります。
  2. リーダーの役割は「サークル」の構築: 外部の脅威からメンバーを守り、安全な環境(オキシトシン・信頼モード)を提供すること。
  3. 最後に食べる: リーダーシップとは特権ではなく、責任の引き受け方。自己犠牲がメンバーの自発性を引き出す。

今日からできる最小のアクションとして、まずは「メンバーがミスを報告した際に、まず感謝を伝え、どう助けられるかを問うこと」から始めてみてください。たったこれだけのことで、サークルには最初の亀裂……ではなく、最初の強固なレンガが積まれます。

リーダーは「庭師」のような存在です。植物(部下)に「早く成長しろ」と怒鳴っても無意味です。あなたがすべきは、十分な水を与え、害虫(外部の脅威)を払い、成長に最適な土壌を整えること。そうすれば、生命は放っておいても自ら太陽を目指して伸びていきます。

部下を動かしたいなら、まず彼らの背中を敵から守れ。

あなたが最後に食べることを選んだとき、あなたのチームは世界で最も強く、そして美しい結束を誇るようになるはずです。その時、あなたが手にする喜びは、どんな短期的な数字よりも、遥かに誇り高いものになっていることでしょう。

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