なぜ同じミスを繰り返すのか?『失敗の科学』が教える「最強の改善術」

「また同じ失敗をしてしまった……」「何度言えばわかるんだ!」

仕事でもプライベートでも、私たちは日々ミスに直面します。そして多くの場合、その原因を「自分の不注意」や「相手の能力不足」として片付け、反省という名の精神論で蓋をしてしまいます。しかし、それこそが「さらなる失敗」への入り口だとしたらどうでしょうか。

ベストセラー『失敗の科学』(マシュー・サイド著)が解き明かしたのは、個人の資質ではなく、私たちが無意識に失敗を隠蔽し、学習を拒絶してしまう「システムの欠陥」です。失敗を個人の根性や注意力の問題に帰結させている限り、真の改善は永遠に訪れません。

この記事では、失敗を「隠すべき恥」から「進化のための資産」へと作り変える具体的な方法を解説します。この記事を読み終える頃には、あなたは失敗を恐れる人から、失敗を誰よりも早く見つけ、改善の糧にする「最強のイノベーター」へと変わるはずです。

「ミスったんじゃない、データの宝庫を掘り当てたんだ。」このマインドセットへの転換こそが、あなたの人生を劇的に変える突破口となります。


「個人の責任」にする組織が滅びる理由

「誰がこのミスをしたのか?」という問いが飛び交う組織は、遅かれ早かれ必ず衰退の道を歩みます。なぜなら、焦点を「誰が(Who)」に向けることは、その背後にある「なぜ(Why)」という真実を闇に葬ることと同義だからです。

航空業界と医療現場の対比:死者数を分かつ「報告文化」

失敗に対する姿勢の差が、文字通り「生と死」を分かつ世界があります。それが航空業界と医療業界です。

航空業界では、世界中で何万件ものフライトが行われながら、事故率は極めて低く抑えられています。その秘密は「ブラックボックス」にあります。事故や重大なミスが起きると、原因を個人の責任に押し込むのではなく、フライトレコーダーを解析し、システム全体の欠陥を炙り出します。そして、得られた知見は世界中のパイロットに共有されるのです。

一方で、医療現場(特に一昔前の保守的な文化)では「専門家は間違えない」という神話が根強く、ミスを認めれば訴訟やキャリアの終わりを意味することがありました。結果として、重大な事故が起きても「不可抗力だった」と片付けられ、同じようなミスが別の病院で繰り返されてしまうのです。

「航空業界ほど完璧なシステムじゃないから関係ない」と感じる人も多いかもしれません。しかし、これは業界の話ではなく、システムの構造の話です。失敗を公にできる仕組みがあるかどうか。 それだけで、10年後の成長速度には天と地の差が開きます。

犯人捜しが、次の失敗の「種」を育てる

あなたのチームでミスが起きたとき、周囲はどんな反応をしますか?「業界では、犯人捜しが始まると現場の報告が1/10に減るという見方が広がっています」。

人間には、悪いことが起きたときに特定の誰かを責めたいという「帰属バイアス」という本能があります。しかし、叱責を恐れた当事者は、ミスを矮小化したり、報告を遅らせたりするようになります。これは、栄養の切れた田んぼで耕作を続けるようなもの。どれだけ汗を流して努力しても、土壌が(情報共有の文化が)腐っていれば、実る成果は年々痩せていくのです。

有能な個人をクビにする前に、無能な仕組みをクビにしなければなりません。個人の不注意を責めればその場はスッキリするかもしれませんが、その影で「失敗の種」は確実に次の芽を出そうと待機しているのです。


私たちの脳を狂わせる「認知的不協和」の正体

なぜ、私たちはこれほどまでに失敗を認めるのが苦手なのでしょうか。その答えは、私たちの脳の構造にあります。

「私は悪くない」という本能が失敗をブラックボックス化する

心理学者フェスティンガーが提唱した「認知的不協和」という概念があります。これは、自分の信念(私は仕事ができる)と、それと矛盾する事実(重大なミスをした)がぶつかったとき、脳が耐えがたい不快感を感じる状態を指します。

このとき、私たちは驚くべき行動に出ます。事実を認めて反省するのではなく、「あのときは忙しかったから」「相手の指示が不明確だったから」と、事実を歪めて自分を正当化し、不快感を解消しようとするのです。

「SNSでは『自分は正しいと言い張る上司』がよく批判されますが、実はこれは全人類に備わった防衛本能なのです」。この本能を自覚しない限り、私たちは自分の失敗を無意識のうちにブラックボックスに封じ込め、鍵をかけてしまいます。それは、ダイエット中に体重計に乗らない行為に似ています。体重計に乗らないのは、不摂生を隠すためではなく、不摂生を維持し続けるためです。 失敗を見ようとしない態度もまさにこれと同じであり、成長の拒絶そのものなのです。

エリートほど失敗を認められないというパラドックス

皮肉なことに、高学歴で能力が高い人ほど、この「認知的不協和」の罠にかかりやすいと言われています。なぜなら、彼らには「自分は優秀である」という強固な自己イメージがあるため、失敗によるプライドの傷が深くなるからです。

専門家の間では「有能な人間が陥る知的な罠」として、自分の過ちを認めるよりも、それを合理化する洗練された理論を作り上げてしまう傾向が指摘されています。

しかし、真の知性とは、自分の意見を事実に合わせて修正できる柔軟性にあります。エジソンは「失敗ではない、うまくいかない方法を見つけただけだ」と言いました。これは単なる強がりではなく、失敗を「仮説の棄却」という科学的プロセスとして淡々と処理していたからこそ出た言葉です。「自分は正しい」というエゴを捨てることは、道徳的な美徳ではなく、現代を生き抜くための最も合理的な生存戦略なのです。


今日からできる「クローズド・ループ」からの脱却

失敗が無視され、改善に繋がらない状態を「クローズド・ループ(閉じた輪)」と呼びます。ここから抜け出し、失敗を糧にする「オープン・ループ」へと転換するには、具体的に何をすべきでしょうか。

チェックリストの導入:個人の記憶力を過信しない

まず最もシンプルかつ強力なツールが「チェックリスト」です。「そんな初歩的なことか?」と思われるかもしれませんが、航空機や外科手術などの極限の現場でミスを激減させたのは、AIや高度な技術ではなく、紙1枚のチェックリストでした。

人間の記憶力や集中力は、体調や感情に左右される非常に不安定なものです。それを「気合」や「根性」でカバーしようとするのは、穴の開いたバケツに水を注ぎ続けるようなもの。どれだけ注ぎ方を工夫しても、最後には水は漏れてしまいます。

「最近は若手社員だけでなく、ベテランこそチェックリストを活用すべきだという声が広がっています」。ルーチンワークほど、脳の「自動操縦」によってミスが忍び込みます。自分の記憶力を信じるのをやめ、システムを信じる。それがプロフェッショナルとしての第一歩です。

プレモーテム(事前検分):失敗をあらかじめ想定する技術

もう一つの強力な手法が「プレモーテム(事前検分)」です。これは、プロジェクトを開始する前に「もしこのプロジェクトが半年後に大失敗したとしたら、その原因は何だろうか?」と、あえて悲観的な予測を行う会議です。

通常、新しい計画が始まるときは、誰もがポジティブな意見しか言えない空気が流れます。しかし、プレモーテムを行えば、批判的な意見が「プロジェクトを助ける意見」として公式に歓迎されます。

「業界では、このプレモーテムを行うだけで成功率が30%向上するというデータもあります」。失敗が起きてから死体解剖(ポストモーテム)をするのではなく、生きている間にリスクを想定し、対策を講じる。この「想像上の失敗」を大量に経験することが、現実の失敗を防ぐ最強の盾となります。


失敗を資産に変える「マインドセット」の作り方

どんなに優れたシステムを導入しても、最終的にそれを使う「人の心」が変わらなければ意味がありません。

成長思考 (Growth Mindset) をどう育てるか

スタンフォード大学のキャロル・ドゥエックが提唱した「成長思考(グロース・マインドセット)」は、『失敗の科学』の根幹をなす概念です。これは、能力は生まれつき固定されたものではなく、努力と試行錯誤によって拡張できると信じる考え方です。

一方の「固定思考」の人は、失敗を「自分の才能の限界」だと捉え、それを隠そうとします。しかし、成長思考の人は、失敗を「未達成(Not Yet)」と捉え、学習のステップとして楽しみます。

「SNSでも『失敗を笑う人ではなく、挑戦を讃える人と繋がりたい』という投稿には多くの共感が集まります」。私たちは、生物の進化と同じプロセスを辿っています。突然変異(失敗や試行錯誤)の多くは役にたちませんが、その中からごく一部の「適応」が見つかることで、種は進化してきました。エラーなき世界とは、進化のない停滞した世界なのです。

仕組みの欠陥を探す「科学者」の視点を持つ

失敗が起きたとき、あなたは「裁判官」になっていませんか? 誰が有罪で誰が無罪かを決めるのではなく、不具合の原因を突き止める「科学者」になってください。

「昨日の失敗を隠すことは、明日の成功を殺すことだ」というパンチラインを胸に刻みましょう。科学者は実験が失敗しても落ち込みません。なぜなら、「この方法ではうまくいかない」という貴重なデータを手に入れたからです。

ビジネスや人生における失敗も、それこそが唯一無二のデータです。同じミスを繰り返す人は、そのデータをゴミ箱に捨てています。一方で、圧倒的な成果を出す人は、そのデータを詳細に分析し、システムをアップグレードするための部品として使っています。


とはいえ、すべての失敗を許容すべきか?

ここで一つ、重要な注意点があります。「失敗を許容する」という言葉を、「何をやってもいい」という無責任な免罪符にしてはいけません。

規律なき自由は、ただの怠慢です。例えば、チェックリストを埋め忘れた、基本的な安全確認を怠った、連絡を放置した。これらは「挑戦した結果の失敗」ではなく、単なる「基本動作の欠如」です。この二つを混同すると、組織は規律を失い、崩壊へと向かいます。

「航空業界であっても、あからさまなルール違反には厳しい処罰が下されます」。私たちが推奨すべきは「意味のある失敗(良質なエラー)」です。全力で準備し、システムに従い、それでも予測不能な事態が起きたとき。その失敗こそが、世界をアップデートする鍵となります。

だからこそ、私たちは「どの失敗が学びで、どの失敗が怠慢か」を峻別する誠実さを持ち続けなければなりません。


まとめ:失敗を「恥」から「データ」へ

『失敗の科学』が私たちに教えてくれるのは、人生と組織を劇的に改善するためのシンプルな真理です。

  1. 失敗を「個人の責任」に帰結させず、システムの問題として捉え直すこと。
  2. 「私は正しい」というエゴ(認知的不協和)を捨て、事実を直視すること。
  3. チェックリストやプレモーテムなどの具体的なツールで「仕組み」を強化すること。

今日からできる最小のアクションは、次にミスをした際、「誰が」を問う代わりに「何が起きて、どうすれば仕組みで防げるか?」と自問することです。

失敗は、あなたを否定する攻撃材料ではありません。それは、あなたが進化するために必要な「情報の断片」です。答えを間違えたとき、消しゴムで消す人間は成長しません。赤ペンでなぜ間違えたかを書く人間だけが、次に正解に辿り着けます。

「昨日の失敗を隠すことは、明日の成功を殺すことだ。」

この言葉を忘れず、失敗という名の「宝庫」を堂々と掘り進んでいきましょう。その先には、昨日までの自分では決して到達できなかった、新しい景色が広がっているはずです。

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